
今回の肥前鳥島釣行記の筆者 鶴 義孝 君
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【肥前鳥島釣行記】

鳥島の北岩にて 山崎氏
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1999年3月5日
―14:00―
私の釣り仲間・円田氏の会社に仕事の打ち合わせに行く。円田氏が不在のため同じ釣り仲間で新車担当の馬場氏と話していると突然私の携帯電話が鳴り出した。
「もしもし鶴さんですか、バラモンの松永です。今日、鳥島へ行くよ。波は1m、絶好よ。行かんね。」
「よる7時頃出港予定やけん、まっとくよ!! 早めに電話して」 まるで隣の家に遊びに行くような会話である。 あの憧れの男女群島の先・肥前鳥島。日本最西端…尾長グロの宝庫…クロ爆釣のシーンが脳裏をよぎる。
早速、円田氏へ電話を入れる。「もしもし鶴です。今日、肥前鳥島に行くけど、行かんね?」
「なんば言よっとか、お前は昨日江の島へ行ったばかりやっか。それよりも今から戻るけん待っとけ、
『ブチッ』。」 その先の話も聞かず一方的に電話を切る、失礼なヤツである。
そして会社へ戻ってくるなり、
「波は何mや?料金はいくらや?バラモンも『補充』なら少しは負けてやらすやろ。」
もう行く気である。
―15:00―
そそくさと仕事を済ませ、自宅へ戻り、道具を揃え、松尾釣具店へ電話を入れ、まき餌を準備させる。
―18:10―
家の奥様に今年最後のお願いと頭を下げ、強行策に出る。なんと、3日連続である。円田氏の家を経由し食料を買い込み、一路浦頭のバラモンへと向う。
―19:00―
船長の富田氏と松永氏達との冗談話の中で、
「今日言うて今日来い、はないよ!!……でも俺達も好きやねえ。」
「今日は鳥島やけんこの間のマルタ瀬のごとおっちゃゆんなよ」
と、話をしながらあと1名の乗船客を待っていた。
「その人も今日連絡したばかりなんよ!」 その1名は共済病院の事務部長 山崎氏だった。
―19:50―
乗客が全員揃い、胸の鼓動を高鳴らせ、一路尾長グロが待つ鳥島へ出港。船の中で円田氏とあれこれ釣談議をしながら一時 睡眠をとる。
船の揺れに起こされた私の目に飛び込んで来たのは、慌ただしい釣り人の準備姿であった。
「エッ!もう着いたんだ。」
時計を見ると11:50であった。船のデッキに全員が揃う。私も黒い闇に浮かぶ鳥島を目の当たりにする。絶海の孤島というより絶海に浮かぶポツンととした岩なのだ。北岩、中岩、南岩と3つの岩だ。
「すごい……。」
初めての鳥島釣行の私にとって、男女群島よりも本当にスゴイ。何がスゴイかというと、それは人が上がれる気がしない岩なのである。
南岩には上がれないので、中岩に上げているらしい。船は高波に揉まれながら、その中岩の中央部に、船首を当てようとしていた。波によっての上下動がスゴイ。10m位の落差があると思われる。
船長の慣れた(と言うか強引な)操船でゴウ音をあげ、船首が中岩の中央部にへばり付いている。釣り人が1人、2人上がった。それも駆け足である。決死の覚悟でも足がすくみそうである。
「ストップ!」 と声がかかったと同時に船が岩肌より離れる。
この繰り返しで、7・8名ほどが中岩へ上がっていった。
私は、円田氏の顔を見るなり、「オイ上がらんけん……。」
彼も、「オイモ、船で待っとく。」
この会話でお解りのように、その時2人の身体に危機が迫っているのを実感していた。その光景たるや、まるで(私に経験はないのだが…)戦時中の特攻隊の姿そのものである。中岩の頂上を目指して、キャップライトだけで人が7〜8人数珠つなぎで岩肌をよじ登っていた。
後で聞いた話では「船酔いのヒドイ人たちは上がれ。」という事で酔い冷ましに上がっていたらしい。
だから、何も知らずに上がろうとした人1〜2名が竿袋を持って行こうとして、ポーターの人から、
「そがんもん、持っていかんでよかー!体だけで上がれ!」
と言われていたのだ。その後、私と円田氏と数名は船の中で仮眠をとる事にした。

後方が北九州の冨田 氏と
相棒の海水浴をした人
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―翌朝4:00―
船のエンジン音と共に目が覚めた。なんとなく行きたくない気分である。
甲板に出ると、波は少しおさまっていた。また中岩へ船首をへばり付け今度は釣り道具を上げていた。
その後数名を中岩に上げ、私と円田氏を含め5名の釣り人が残っていた。北岩へと上げるらしい。絶好のポイントである。 波も小さくなったとは言え、まだまだうねりが高いし暗闇であった。私と円田氏、そして最後に乗船して来た山崎氏の3名は北岩の鼻へ上がる事が出来た。釣りの事を考えるとやはり嬉しい。
しかし、岩には海苔がついていてガラスの上をスパイクの靴で歩くように滑りやすく移動しづらい。私達はまず、道具を一箇所に集めロープを出して道具を固定し、命綱として体にロープを巻き付け、足場にドンゴロスを敷き詰め一休みする。下手をすると転落の危険性がいっぱい潜んでいる。小便するのも命懸けだ!!
一緒にいた山崎氏に命綱を渡すと、「動きにくいからいい。」との返事。50歳を過ぎていると思われるが、元気者であった。いや勇気ある人に見えた。
その時バラモンは、私達の10mほど横の岩肌へ人を2名降ろしていた。
「落ちた〜!!!」と、人の声が私の耳に飛び込んで来た。
その瞬間、船がゴウ音を上げ後へ下がっていった。1人が岩肌にヘバリ付いて下を見ていた。
船長のマイクの声で、「慌てるなッ!ロープを出せ!!」
同時に真っ暗な海面をサーチライトが照らしていた。しかし人は見えない。船が少しづつ後進し転落した人を発見、救助し事なきをえた。
この間10分くらいあっただろうか。私も以前に男女群島のマルタ瀬で転落しているので他人事ではないが、ただ一人残されて岩にへばりついている人に「だいじょうぶかー」と声をかけるのが精一杯の出来る事であった。
その後二人を回収し、着替えを済ませた二人は私達と同じ岩に上がってきた。
なかなか釣りの話にならないが、ここまでが私にとっての「スゴイ!」経験であったので特筆した。
釣果は、尾長(尾長の子)をまじえ、1.2kg〜2kgのクロを1人20枚程で、円田氏だけが35枚!
ロータリークラブの先輩たちにお土産を持ってくると豪語していたので、最後の最後まで頑張り続けていた。
私の釣った魚も「ちょうだ〜い」と可愛いらしく言いながら自分のドンゴロスの中にしまっていた。外面の良い中年男である。
その後、落ちた人に「恐かったねェ。」と声を掛けてみると、「いやア、そうでもなかったよ。」との返事。 顔を見ると、ぼーっとして人の良さそうな40歳くらいの人であった。
オイがたまらんやった。指3本が岩にへばり付いているだけで、上にも横にも動けんとに、『上に上がれ、横にかわらんか!』と怒鳴られて…」 と言ったのは、絶壁の岩肌に一人残されていた北九州の冨田さんでした。
5人の笑い声がうねりも少し治まりかけたコバルトブルーの鳥島の海に聞かれた。その瞬間、釣りの楽しさを満喫する事が出来たような気がした。
今回の釣行で、円田氏が写真を撮り続けていたが、経験出来そうでなかなか出来ない、本当に楽しい思い出になったような気がする。
山崎氏と円田氏、そして私…。 命懸けで時を共にした3人(いや落水した2人を含む5人)。
楽しい思い出と素晴らしい経験をさせてくれたバラモンの船長、そしてポーターの松永さん、船長の息子さんに感謝を込め、筆を置きます。
なお、写真を参考に鳥島へ行ってみてはいかがですか。
(但し波1〜1.5mくらいの時にした方が良いですよ。仕掛けは男女群島と同じです。)
男女群島、肥前鳥島、五島列島への瀬渡し予約は経験と実績の 「ばらもん」
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