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1999年11月20日
肥前鳥島と聞いても何処にある島なのか答えられる人は、磯釣りに精通している人か、海に関するお仕事をされている人ではないかと思います。 明治時代に男女群島から鳥島の海域で珊瑚の漁場が発見され、五島の富江あたりから手漕ぎの珊瑚船でこの海域に漁をしに来ていたというから驚きです。その為多くの海難事故があり、男女群島の男島、東風泊りには千人塚という慰霊碑が建立してあります。最盛期には400隻あまりの珊瑚船が富江にいて、珊瑚の国際市場としても栄えたそうです。また鳥島は、帝国海軍の艦砲射撃訓練の標的にもされていたそうで、そのせいか平坦な所がなく、切り立った岩場ばかりで釣具や荷物を置く場所にも苦労します。落下防止と波にさらわれない様にハーケンを岩の切れ目に打ち付けてロープで固定する必要があります。
今回の釣行は九月下旬頃、佐世保漁具店社長の津田さんと総合病院耳鼻咽喉科の鬼塚先生と居酒屋で飲んでいる時に男女群島に行く話がまとまり日程を決め、「ばらもん」に予約しておいたもので、残念なことに鬼塚先生は手術が急にはいり、行けなくなられました。男女群島釣行の際はいつも同行する鶴君は結婚式やイベントのビデオ編集の仕事が忙しく釣行を断念、私の同僚の馬場君、津田さんと三人での釣行になったのです。 午後7時、予定通り出港の準備が整った所で、急に便意を感じ船長の息子さんの大介君に「ちっとトイレに行ってくるけん」といって事務所のトイレに駆け込み、これから始まるドラマをあれこれ想像しながら用を足していると、聞こえていた船のエンジン音が急に高くなり、出港している気配を感じた、やばい!!急いで始末をし、外に出ると案の定船は岸壁を離れ出て行こうとしている所だった。大声で「おーいまってくれー」と叫ぶとデッキにいた人が気付いてくれ、危うく置いていかれる寸前でした。
午後11時、予定通り鳥島海域に無事到着、夜釣りをする人達を中岩に上礁させる。ここの岩はいつも波を被っているので海苔が付いていて非常に滑りやすくとても危険だ。三月に来た時は夜の瀬上げの時、目の前で転落者がでて恐い思いをしたことがある。津田さんと相談し朝の4時に北岩に上礁させてもらうようにした。明日は一日中釣りが出来るので慌てる事はない。それまでゆっくり体力を温存させる作戦にし、寝る事にする。 午前4時きっかりに目が覚める、こんな時は目覚まし時計がなくても時間通り起きられるものだ、体内時計が作用しているのかと不思議に思う。
焦る気持ちをなだめながら撒餌を少し多めに足元の瀬際に入れる。ウネリが時折足元まで洗うが波は穏やかだ。いよいよ仕掛け投入、潮はゆっくりと右方向に流れている。釣り座は南向きで私の左側3m位離れた岩に津田さんと馬場君がいる。2m四方にも満たない釣り座に荷物と二人がいるので身動きがとれない窮屈な所で肩を寄せ合って竿を出している。 出て行く糸を押さえ巻き取りにかかる、良型のオナガだ、太仕掛けなので抜き上げる、50センチには足りないが足元に横たわる美しい魚体に感激!! その後同サイズを2枚追加した、夜が明け明るくなったらピタリと食いが止まってしまった。私の横で釣っている二人には雑魚以外何も当たらないまま時間が過ぎて行く。もうすぐ満潮になる、この釣り座は下げ潮がいい筈だ。
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